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緒言

 

 「英訳琉歌集」は1955年7月11日に、平良文太郎(たいらぶんたろう)氏によって、球陽堂から出版された本である。全部で60歌が収録されている。(著作権はすでに終了。)戦後間もないので、本というよりも冊子・パンフレットといった見た目である。しかし内容は、現在の沖縄人の誰もが成し得ないものであるとはっきり言える。これほどの本がはやくも絶版となり誰からもかえりみられることがないのはなぜか。琉歌がわかる人には英語が理解できず、英語がわかる人には琉歌が理解できないからである。そして何よりも、琉歌そのものへの関心がないからである。現在この本は入手が困難であり、ネットの「日本の古本屋」にも登録がない。私はさいわい、浦添市の「西原書店」でネットを通して購入することが出来た。このような優れた本が存在さえも知られずに消え去ろうとしているのは沖縄人の文化的損失である。さて、私がこの本について知ったきっかけは中学二年の時の担任・石川義雄先生である。石川先生は「平良文太郎というすばらしい英語の先生がいて琉歌を英語に訳した。」と何度も何度も繰り返し話されていた。この本に接すると平良文太郎先生の偉大さがよくわかる。8・8・8・6の琉歌が8・8・8・6の英語の音節となって訳されているのである。ほとんど神わざ的である。平良文太郎先生は英詩もよく勉強されていたようで、英詩の強弱のリズム、脚韻なども考慮して訳されている。この本は沖縄人の知的文化遺産なのである。われわれにはこれを後世に伝えて行かなければならない義務があると思う。「英訳琉歌集」の琉歌は従来通りの伝統的な表記法が用いられ、一般の人には難しくて読みづらい。(さいわいにも、下にローマ字で琉球語の表記がされており、これだけでも画期的なことである。)私は、60歌すべてを「琉和辞典」方式の漢字かな交じり表記に書き改め、大意と補足説明を付け加えた。琉歌は首里ことばを基本とする。首里ことばの発音でないと思われる箇所は首里ことばの発音に訂正した。「英訳琉歌集」には誤植と思われる部分がかなり多い。誤植が訂正できないほどの経済状況にあったとしか推測できない。誤植と思われる部分は適宜に訂正した。

 

 

 最後にこのようなすばらしい著書を後世に残していただきました平良文太郎先生に心から感謝を申し上げます。